久瀬は、大学にいる時間の大半を学食で過ごしている。
一人でいる時にはタブレットPCでレポートを書いたりしているが、大抵は暇を持てあました学生が久瀬の回りに集まっている。顔が広いが深い付き合いはしない。それが久瀬と、彼を取り巻く学生たちの特徴だった。
その日は珍しく、久瀬の回りに学生はいなかった。
学期末の試験期間である。真面目と言うほど勉強熱心ではないが、不真面目と言うほど遊んでもいない学生たち。この時ばかりは図書館で調べ物をしたり、PC教室でレポートを仕上げたりしている。
相変わらず学食の一角を占領している久瀬も、決して怠けている訳ではなかった。
「ここ、いいかな」
昼休みの少し前、さすがに混み始めた学食で久瀬に声をかけるものがあった。
「どうぞ」
広げていたテキスト類を閉じて場所を空けてやる。知り合いであろうとなかろうと久瀬は拒まないが、顔を上げて確かめると、何度か顔を合わせたことのある相手だった。
「玖恩だっけ」
「ああ、覚えていたのか」
唐揚げ定食ののったトレーを置きながら玖恩が答える。正面に座った玖恩から、久瀬は視線をそらせた。椅子を少し斜めにして、半身に構える。
「玖恩は目立つから」
玖恩の容姿に、特段変わったところはない。前髪が少し長く、目元を隠していることが特徴と言えば特徴か。だが、産まれてから一度も染めたこともパーマをかけたこともない黒髪は、久瀬の知り合いたちの中では珍しかった。久瀬も、元は黒い髪を明るい茶色に染めている。右耳に二つ、左耳に三つ付けたピアスと相まって、本人の性格以上に派手に遊んでいると思われる要因になっている。
「普通だと思うけれど」
低めの、少し冷たい声で玖恩が答える。久瀬は、食事を始める玖恩にチラリと視線を向けた。箸を持つ手が綺麗だと久瀬は思った。
唐揚げは揚げたてらしい。腹ぺこな学生向けに大ぶりに作られた唐揚げを、玖恩が前歯で半分に囓った。唇が油で濡れる。歯形の付いた唐揚げ。レモンはかけない派らしい。くし切りにされたレモンが皿の上にそのまま残っている。
久瀬は喉を鳴らした。
「久瀬は、昼飯は」
「もうちょっとしてからでいいや。レポート、もうちょっとだし」
タブレットPCを見る振りをして、久瀬は玖恩の食事を見ている。サラダは後回しにするつもりなのか、手を付けていない。大盛りの白米を上品に口に運ぶ。味噌汁は、オプション料金のかかる豚汁に変更。豚肉ばかりを拾って食べている。細く見えるが、肉が好きなのかも知れない。
久瀬は自分の太ももをひとなでした。
玖恩の、唇が開いては閉じる動きに、ため息が出る。白い前歯が見え隠れするたびにぞくりと背を這う感覚。時々舌で唇を舐めると、目が釘付けになる。
――あの唇に迎え入れられたら。
――あの歯で噛まれたら。
――あの舌で転がされたら。
そう思うだけで体は絶頂を迎えそうになった。堪らず久瀬は席を立つ。
「ん」
上目遣いになった、といっても目元は隠れている玖恩の唇が、少し笑っているように見えた。
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