生命工学部の建物が並ぶ区域の外れに、白い建物がある。久瀬は三十センチ角はあろうかというジュラルミンケースをその中に運び入れた。
受付に教授がサインした申請書を提出する。さほど待たされずに受付済みのスタンプが押された申請書が返される。奥へ進む許可を得た久瀬は、強い照明のおかげで距離感が掴みにくい廊下を歩いた。
第七処分室。
指定された部屋は、生体部品の処分を行う部屋だ。
久瀬は、実習で学部生が作った筋組織や臓器の後始末を行うためにこの建物に来たのだ。
久瀬は、部屋の奥にある作業場でジュラルミンケースを開けた。金属のトレーに乗せられ、売り物の食肉のようにラップで包まれた作り物の人体の部品が納められている。
隣の部屋は焼却炉になっている。誤って生きた人間が入らないように、炉の扉は握りこぶしほどでしかない。それより大きな物は解体しなければならなかった。
人体を作ることには熱心な学生も、用済みとなった部品を切り刻むことには抵抗があるらしい。実習の一環として一度体験させられる他は、誰もこの作業をやりたがらない。久瀬は、初めからこの解体作業が嫌ではなかった。
ジュラルミンケースにいくつも納められた部品の半分を解体し終わった時、第七処分室のドアが開けられた。
「玖恩」
同じようなジュラルミンケースを持っている。ということは、ここに来た理由など聞かなくても分かる。牛だか豚だかは知らないが、生体部品の処分に来たのだろう。
「それは」
隣の作業台で肉の解体を始めた玖恩が、久瀬の手にしている物に興味を示した。
「ハツ、こっちがヨメナカセ。解体してあるのが内もも」
ふざけた調子でで久瀬が答えた。玖恩は、それに不快感は示さなかった。
「そっちのは」
なんとなく、久瀬も聞き返した。
「リブロース、の出来損ない」
「なんだか料理でもしているみたいだ」
久瀬が言うと、玖恩が小さく頷く。
「もつ鍋にステーキか。悪くないな」
「ただし、モツは人間の、だけどね」
タチの悪い冗談だったと、久瀬は玖恩の様子を覗う。だが、玖恩の返事は、冗談だとしたらさらにタチが悪かった。
「牛と人間、どっちがおいしいんだろうな」
作業の手を止めて、玖恩が久瀬の使っている作業台に近づき、太ももの筋肉の細切れを摘まみ上げた。
「食べ比べてみる」
「実習の残り物を」
「もっと新鮮なの。よかったら今夜うちに来てよ」
玖恩が生唾を飲み込む音が響いた。
翌週、松葉杖姿の久瀬が学食の話題となった。
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